サファリに行くには色々な計画の立て方があると思うが、私の場合は、旅行代理店にまる投げで、ダルエスサラームの自宅に運転手つきの車で出迎えに来てもらい、その車が行った先でサファリ用の車に変身し、運転手はガイドをしてくれるというシステムを利用した。もちろん、料金には宿泊先の予約も含まれるし、宿泊の中には着いた日の昼食、夕食、翌日の朝食が含まれる。宿泊先によって料金が多少違うが、私の場合は一人当たり400ドル余りで、食事も大変美味しいものだったし、費用対効果は良かったと思う。


車での移動は、まず、ダルエスサラームからモロゴロ道路を真っすぐ西に進み、キリマンジャロ方面への道路の分岐点であるプワーニ州チャリンゼでコーヒーブレークをした。ダルエスサラームの市内を抜けるのが、土曜日とはいえ結構大変で、それを過ぎると道はスムーズに流れるようになる。
![]() サイザル麻のプランテーション・・・高く伸びているのは花茎。 |
タンザニアは、ムパカ前大統領の時に始まり、現在のキクウェテ大統領も主要都市を結ぶ道路の整備を強力に推進してきており、今はハイウェイの総延長は1万5千キロになるという。おかげで借金もかさんでいるようだが、日本の2.5倍の国土の一体性を強化するためには、交通網の整備が必須で、鉄道という高価で複雑なシステムの建設や維持管理に大きな問題がある中、こういった道路の整備は正しい政策判断と努力のたまものだと思う。おかげで、私のような観光客も大いに裨益している。


私たちの安全運転第一の運転手兼有能なサファリガイドを務めてくれたケネス君。
ありがとうございました。m(__)m
ところで、ガイド兼ドライバーをしてくれたケネス君は慎重運転なので、旅行中はずっと安心していられたが、多くのタンザニア人の運転は命知らずとしか言えない。道が良くなったおかげで、かえって死亡事故は増えているようだ。ダルエスサラームからチャリンゼに向かう途中にダルエスサラームの水源であるルヴ川にかかる橋を通るところがあるが、ここで、私が通った数時間後、タンザニアの野党の女性国会議員が自分の運転する車で亡くなった。新聞記事によると、追い越しをかけたところ、反対から大型車が来たのでそれを除けようとして道路から転落し、車が何回転もして漸く止まったが、彼女は即死状態だったという。命知らずの運転というだけでなく、一般的に命を大切にするという気持ちが少ない、命の価値が安いのがタンザニアだ、という残念な印象がないこともない。
モロゴロ州の州都であるモロゴロに近づくにつれ、ウルグル山塊の稜線が視野に入って来る。山が近づき、湖・・・水利用のための堰止湖・・・などが目に入ると、ヨーロッパ・アルプスの景色に似ていると言っても過言ではなく、さわやかなドライブが続く。ウルグルという山塊の名前は、この山に住んでいるワルグル族から来ていている。ちなみに、ケネス君は、たまたまワルグル族の出身で、実家はモロゴロの西、ミクミ国立公園の北にある村だそうだ。
ちなみに、ケネス君は、サファリのツア・ガイドとしてもう15年の経歴を持っていて、最初はセレンゲティで始めたが、今はダルエスの旅行会社に勤務していて、ミクミやその南のセルースを主として案内している。車内には、動物植物図鑑なども置いてあり、なかなか勉強熱心。

客の中には、撮った写真で写真集を出版する人もいるようで、ダルエスサラームを出発して間もなく、彼が案内したオランダ人やカナダ人の送って来た写真集を見せてくれた。これがなかなか傑作写真揃いで、同じように素晴らしい写真を撮りたいと思ったのだが、良いシャッターチャンスがごろごろ転がっているわけではない。ミクミは、リカオンなど珍しい種類の動物もいるし、動物の密度で言えばタンザニアで最高レベルだということだが、それでも良い写真を撮るにはよっぽど運に恵まれているか、たくさん時間をかけることが必要なようだ。もちろん、ちゃんとした写真技術を持っていることが大前提になるが。
ダルエスサラームからチャリンゼまで2時間ほど、そこからモロゴロが1時間、モロゴロからミクミ公園の入口までが1時間ほどの行程になる。ミクミに入っても、公園事務所があるのは、更に30キロ先だ。舗装された国道を走り続けてはいるのだが、車の屋根を開け、サファリ仕立てにして、インパラや黄色ヒヒ、シマウマなどを眺めながらゆっくりと進む。

ケネス君の提案で、サファリ用のサーキットに入る前に、国道を少し西の方まで行ってライオンが良く出没しているあたりに行ってみた。昼時の強い日差しの下で、100メートルも先でライオンが横になっているのが見える、とケネス君が言うのだが、これがわからない。カメラの300ミリのズームで言われた方を写し、それを拡大してみたらなるほど、メスが二頭ごろごろしていた。さすがにガイドをするだけあって、目が良い。そうこうしているうちに、一頭が上半身を持ち上げてあたりを見回した。しかし、このライオンたちは腹いっぱいのようで、翌日までに何度か行ってみたがいつもごろごろと寝てばかり。ハンティングを見るどころではなかった。
我々が泊まったヴマ・ヒルズ・テンテッド・キャンプは、国道から脇道に入り、坂道を登りつつ森の間をぬけて暫く行ったところにある。テントと言っても、テントは高床式で屋根付きの建物のなかに張ってあるので、自然に直接さらけ出されているような心もとなさはない。トイレとシャワーも設備されており、夕方の6時半から10時半までは電気も来て、PCを使うことも、カメラ用のバッテリーの充電なども簡単にできる。テントから出たところの椅子に座れば、目の下にミクニの公園が広がり、極めて爽快だ。まあ、テントと言うより、テントを使ってサファリの雰囲気を持たせたホテルと言える。



ヴマ・ヒルズは、標高570メートルの丘の上に建っている。この570メートルが結構気温に影響する。ダルエスサラームの1月は年間で一番気温の高い時期で、最高気温31、2度、最低気温でも22、3度でかなり湿度が高く、昼間仕事をするオフィスではエアコンが必需品になる。ところが、ヴマ・ヒルズでは、昼も涼しく、明け方になると冷えて来て、薄いブランケットくらいをかけて寝ていないと、寒いくらいだ。
ヴマ・ヒルズの規模は、宿泊テントが15張。テント一つの収容人員は3人なので、最大45人が宿泊できる。他に、事務棟とレストラン・バー棟、それに付随したプールがある。食事は、多少タンザニア的な要素はあるが、インターナショナルな料理で、これがとても美味しい。パンなどは、ダルエスサラームのどのパン屋よりも美味しいくらいだった。
別記事に書いたが、夕方日が暮れてから、食堂脇のテラスでソファーにくつろぎ、マネージャーと歓談しながら食事の前のドリンクをしていたところ、ブッシュ・ベイビーのペアが現れ、ポップコーンを虎視眈々と狙っている。良い写真を写そうと、どんぶりに入っていたポップコーンの大半を使ってしまった。ポップコーンだけかと思ったら、食事が始まって少しして、一匹が近寄って来て、パンの食べかけをさっと取ると、安全なところまで猛ダッシュで抱えて行った。ブッシュ・ベイビーは、小さな体に、大きい目と耳をしており、しぐさも可愛く、人間に対して過度に憶病ということもなく、野生動物というよりはペットのような雰囲気をしている。
夜になってテントに寝ていると直ぐ外側に動物がぶひぶひとやって来る、という話を聞いたことがあったのだが、高床式ではそういうことはなかった。しかし、夕方にロッジに帰る道すがら、あと数10メートルでロッジというところだ、4、5頭のゾウの家族が道を塞いでいた。道と言っても、密林の中に車一台が通れるほどの幅で切ってあるものなので、こちらに向かって来たら逃げ場はない。しかし、ケネス君は動物の習性を良く知っているようで、何食わぬ顔をして車を進めると、ゾウの方が遠慮して森の中に除けてくれた。そういうものか、と感心。ミクニ国立公園のなかで普通にサファリして見た動物たちのことは、別稿に写真をたくさんのせているので、そちらを見てほしい。
帰り途では、モロゴロから出てしばらくしたところにあるミケセという村で、マンゴーなどを買った。往路で、このミケセに多くの果物店が出ているのを見て、帰りがけにぜひ買っていこうと思っていたからだ。車に乗った外人が下りてくると、うゎーっと人が寄って来る。子供たちもビニール袋に何やら野菜などを入れて売りに来る。マンゴーは一山5000シリング。帰宅後に確認したら、15個入っていた。熟れ過ぎのが一つあり、過半数はまだ固かったが、一個当たり20円もしないので、こんなところかと思う。本当は、こういった村の中に入って村の日常生活を見てみたいのだが、なかなか簡単なことではない。


その後、往路に寄ってコーヒーを飲んだチャリンゼの食堂で遅い昼食をとり、順調にダルエスサラームまで戻って来たのだが、それから先がいけなかった。ネックになっているのはモロゴロ道路と環状道路が交差するウブンゴ交差点だ。警官が交通整理をしているのが混乱を拡大させるという意見もあるが、やはり、安い中古車を日本から大量に輸入してしまったため、車の数に道路の整備が追い付かない、というのが一番の原因だろう。ダルエスサラームの入り口に着いてから、ウブンゴを通過するまで一時間半ほどかかった。おかげで、夜の約束はキャンセル。日曜の夕方でこれでは、平日のラッシュ時の状況は推して知るべしだ。