

ダルエスサラームに転勤することが決まって、タンザニアに住むことになるんだ、と知人に話すと、反応は大きく二つに分かれた。半分は、ちょっとぎょっとした感じで遠いころに行かれますねえ、治安は大丈夫ですか、マラリアなんかの感染症にはくれぐれも気を付けられますように、とアフリカは厳しいところだという気持ちでいっぱいの人たちだ。

ところが、もう半分は、イェイ、ラッキー!キリマンジャロ、セレンゲティ!ゾウさんやキリンさんに会いたいので、是非行くから待っててね!という人たちだ。そして、こういうアフリカに好奇心を持っている人たちが、全体の半分を超えた。私がそろそろ現地に慣れてきて、気候も良くなる来年の夏には予約が必要になるほど日本からの来客が多くなるのではないか、と危惧するくらいだ。
まあ、そういう興味津々派も一人でアフリカに行くことに多少のちゅうちょがあったというのは、やはり日本人の中でアフリカは未開の地で、年中暑く、エイズやマラリア、内戦や飢饉で人がばたばた倒れているし、いつどこで犯罪にあうかわからない、というイメージが根強く残っているためと思われる。残念ながら、日本人のアフリカ認識は、明治の初めからあまり進化していないようだ。
実のところ、当の私も、タンザニアはアフリカの中でも一番治安は良いし、暑いといっても東京の夏よりは何ほどか過ごしやすいところだし、最近は自由経済のおかげで物資も豊富になっているとは思っていたが、いささかの不安は持っていた。しかし、来てみて予想を超えて現地の人々の生活の豊かさ、外人として住むための環境の整備の進展に驚いた。もちろん、タンザニアは一人あたりの国民所得も年間1000ドルに達していない後発開発途上国で、大変なところはいろいろあるのは確かだ。しかし、大多数の日本の人には、大変なところよりも豊かで心地よいアフリカにもっと目を向けてもらいたいと思う。
ということで、最初の記事では、私がダルエスサラームに来て最初の数日に楽しんだことのなかで、多くの日本人には想像がつきにくいことを二、三上げてみよう。
やはり料理の話から入ってしまうが、まず、タンザニア料理。幸い我が家にはお手伝いさんがいるので、彼女に典型的なタンザニア料理を作ってもらった。彼女(クリスチャンなので仮にマリアちゃんとしておこう)はタンザニアの北西に住むハヤ族の出身で、手始めにその郷土料理(と言っても他のタンザニアの人も似たようなものを作ると思う)のバナナの煮込みを作ってもらった。牛肉と豆などとともに調理されたシチューは、とても美味!バナナの代わりにポテトでも良いらしいが、バナナはなかなかねっとりして材料の旨みを吸い込んでいるし、牛肉はしっかりと噛み応えがあるが固くはなく肉のうまみを感じさせる。


地元のレストランも水準が高い。タンザニアには19世紀の末頃から多くのインド人が来てビジネスで活躍しているせいか、インド料理屋がたくさんある。その一つ南インド料理のSwaad Restaurantに同僚と6人で行ったが、キリマンジャロビールを飲んで、前菜三種、メインを三種、食後のお茶を含め、食べ残すほどの分量があったにもかかわらず、一人当たり1000円もしない。しかも、これが東京のどこでも食べたことがないほどしっかりと美味しいインド料理だった。
その後、四川料理もトライしてみたが、これも殆ど本場の担担麺を始め、なかなかの逸品ぞろい。インドや中国と言う、今やアフリカを席巻し利権を牛耳っていると言われる国の料理がオリジナルの味を守り、美味しいのも、うなずける。我々はそのおこぼれを頂戴していることになる。
美味しい料理も、美しい環境で食べるとますます楽しめるが、幸いダルエスサラームは海辺にある。インド洋は、ここ数日見ている限り結構波が荒いが、ダルエスサラームの北に伸び、高級住宅地のあるムササーニ半島の西側は、静かな海が広がり、南国気分を味わえる。日本では、アフリカにリゾートがあってヨーロッパ人が押し寄せているなんていうことは想像し難いだろうが、そんなリゾートホテルの芝生に出て、自然そのものの海辺を見ていると、東京であくせくしていた頃の心の垢をすすぎ落せるような気がする。
